医師の立場からコメンテーターとして、テレビやラジオで活躍中の丸田佳奈さん。
そんな丸田さんは、医学部在学中にミス日本を受賞したというのは、本当なのでしょうか?
今回は丸田佳奈さんの画像を交えて、経歴について迫っていきたいと思います。
最後までお付き合い、よろしくお願いします。
丸田佳奈のミス日本受賞は医学部在学中?
丸田佳奈さんは、医学部在学中にミス日本に選ばれたのでしょうか?
丸田さんは、日本大学医学部4年生の時に、ミス日本コンテストにおいて、”ミスネイチャー”を受賞しました。
ミス日本とは、世界大会を踏まえて日本代表を選出する「ミス・ユニバース・ジャパン」などのコンテストとは違って、「日本国内で完結する、日本人らしい美しさの最高位」を選ぶコンテストとなっています。
一人だけが受賞するのではなく、いろいろな表彰項目があります。
- その年を代表する日本女性の美の最高位となる、ミス日本「グランプリ」
- 和の伝統美を装うことで世界日本の美しさを伝える役割を担う、ミス日本「ミス着物」
- 海の恵みに感謝し海洋業界への理解と関心を高める役割を担う、ミス日本「海の日」
- 日本の優れた水循環とそれを支える人々の心と技を広く伝える、ミス日本「水の天使」
- みどりや森への親しみを広める役割を担う、ミス日本「みどりの天使」
- これらの複数あるミス日本に次ぐ賞として、準ミス日本
これらの賞は、年によって新たな表彰項目が追加されたり、減ったりします。
丸田さんの受賞したミス日本「ネイチャー」は2003年から2014年まではありましたが、現在はありません。
下の写真は2007年のミス日本の受賞者の皆さんです。
丸田さんは、一番左の方です。
丸田さんは本当に、医学部在学中にミス日本「ネイチャー」を受賞していたんですね。
丸田佳奈さんの経歴
丸田佳奈さんの経歴は、どのようになっているのでしょうか?
丸田さんの経歴は、以下の通りです。
- 1981年8月20日、北海道網走市に生まれる。
- 2007年、大学4年生の時、ミス日本「ネイチャー」受賞
- 日本大学医学部医学科卒業
- 研修医時代に大学から派遣できていた7歳年上の医師と結婚
丸田さんは13歳の時に、摂食障害になってしまいます。
当時の丸田さんは、身長161.2cmで体重が64kgあったので、母から「太い脚を出すなんてみっともないからやめなさい」と言われダイエットをし始めました。
ダイエットは一時成功するのですが、どんどんエスカレートしていって、半年で14kgも落ちてしまい、生理が止まってしまいました。
この時治療のために通った産婦人科医の影響で、丸田さんは産婦人科医を目指します。
丸田さんの家族は、丸田さんが医学部に進むことに反対でした。
医学部に行くのなら国公立以外はダメと言われ受験しますが、2浪してやっと日本大学の医学部に受かります。
親からはしっかり勉強するように、くぎを刺されましたが、大学在学中も精神的に大きな挫折があり、留年と休学をしてしまいます。
2年生の時の解剖実習で躓いていしまい、頑張っても他の生徒に追いつけないと自暴自棄になり、留年してしまいました。
6年生の時は勉強しても追いつけなくて、引きこもりとなり、1年休学します。
翌年ギリギリで卒業しましたが、医師国家試験は一発で合格。
無事医師となることができました。
丸田さんは現在、産婦人科医の立場から、テレビやラジオ、雑誌等で、医療についての情報を発信しています。
また2014年には「間違いだらけの産活」、2016年には「キレイの秘訣は女性ホルモン」を出版しました。
プライベートでは2017年には第1子、2023年には第2子を出産し、ベストマザー賞を受賞しています。
いろいろ挫折を経験したからこそ、今の丸田さんがあるのですね。
まとめ
今回は、丸田佳奈さんの経歴について、取り上げてみました。
まとめると、
- 丸田さんは、日本大学医学部の4年生の時に、ミス日本「ネイチャー」を受賞した。
- 中学生の時になった摂食障害の経験から、産婦人科医を目指すことにした。
- 「2浪、1留、1休学」したが、医師国家試験に一発合格し、無事医師となった。
以上です。
丸田さんは、いろいろ挫折をしましたが、無事医者となり、結婚して2児の母となり、仕事も順調です。
丸田佳奈さんの益々の活躍とご多幸をお祈りしながら、このページを終わりたいと思います。
最後までお付き合い、ありがとうございました。
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